2-3 美術館大学 記録 (2016年)

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第34回美術館大学

  • 日  時:2016年 7月 9日(土)pm3:00-4:30
  • 場  所:秋山孝ポスター美術館長岡
  • 講  師:秋山孝
  • 進  行:堀池真美
  • 題  目:「秋山孝の神秘2『点と線』について~形を失う形の活用の思考~」
  • 参加者数:65名

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第33回美術館大学

  • 日  時:2016年 5月 28日(土)pm3:00-4:30
  • 場  所:秋山孝ポスター美術館長岡
  • 講  師:秋山孝、堀池真美、大町駿介
  • 題  目:「創作者における宮内・摂田屋百景の魅力について」
  • 参加者数:66名

    5月28日(土)に開催された第33回美術館大学は、前回の第32回美術館大学と対をなす講演会である。前回のテーマは「登録有形文化財について」であり、秋山孝ポスター美術館長岡(APM)の建物の価値、意義について講演した。今回は「創作者における宮内・摂田屋百景の魅力について」をテーマに掲げ、宮内・摂田屋地域の魅力を創作者の立場から講演した。講師はAPM館長・秋山孝(多摩美術大学・教授)、堀池真美助手(多摩美術大学)、大町駿介助手(多摩美術大学)の3名が務めた。
 導入として秋山館長が美術館大学の7年間の足跡をたどり、今回の美術館大学に一般の参加者だけでなく、多摩美術大学大学院生、長岡造形大学生といった学生の姿が多く見られることに感慨を示した。多摩美術大学の大学院生には、日本人だけでなく外国からの留学生の姿も多い。物事には多様性が重要であり、一般と学生、多摩美術大学と長岡造形大学、日本人と外国人といったさまざまな価値観、環境の人々が同じ時間を共有するための場所としてAPMを提供したいと語った。
 次に、秋山館長、大町助手が建物を題材に作品を描き続けた画家について紹介した。秋山館長は向井潤吉を例に挙げた。向井潤吉は1901年に生まれた洋画家である。古い民家を描き、「民家の向井」と呼ばれた。その作品の中には長岡市川口(旧 北魚沼郡川口町)を描いたものもあった。板壁と石置き屋根が並ぶ様子は当時の川口におけるごく普通の街並みで、特別変わった建物の姿はそこにはない。ひなびた地方の風景が描かれているだけである。作品発表当時は抽象画の評価が高かった時代であったため、向井の作品は批判を受けた。しかし、後年その堅実で真摯な作品制作への取り組みが認められ、理解されるようになったという。続いて大町助手は、今和次郎と岡鹿之助について言及した。大町助手は、省みられることの少ない建物に魅力を感じ、描き続けた両者を比較研究した。今和次郎は「日本の民家」等を著した民俗学研究者である。東京美術学校(現 東京藝術大学)図案科出身で、日本の日常に根ざした住宅、いわゆる「民家」を文章とイラストレーションで記録した。それまで見向きもされなかった「民家」を題材とし、そこに美しさを見いだしているところが非常に魅力的であると語った。対する岡鹿之助は、同じく東京美術学校の西洋画科出身の洋画家である。灯台や信号台、発電所などを描いた。このような建物は人目に触れたり親しまれたりすることは少ないが、そこに魅力を感じ制作している。生活の場ではない特殊な建物もまた、やはり人々に省みられることがない。岡の述べるところによれば、「自分の画風に堅牢さを持たせるために」古い建物の美しさを援用したという。
 続いては堀池助手が自身の創作について語った。堀池助手は、何かを描くときというのは心が動いたときであるという。それは、対象物やモチーフ自体に魅力を感じることもあるが、個人的な思い出とつながっていることが大きいという。例えば出品作品の「サフラン酒造」。2009年のAPMオープン時に初めて訪れた宮内・摂田屋で、恩師・秋山館長の大学卒業制作作品を初めて見た感動が、鏝絵蔵への感動と結びつき、表現したいと思ったという。他にも、宮内で初めて宿泊した旅館とその女将さんへの思いを込めた「五十嵐旅館」や、仲間と訪れた春の穏やかな思い出を描いた「光福寺」など、そこには必ず自身の心の動きがあると語った。堀池助手の話を受け、秋山館長はその心の動きを「思い出の美的感覚」と表現した。創作者の心の動きによって作られた作品には、言葉では説明できない真実感が備わっている。それを大切にしたいと語った。
 秋山館長は、「人が何も思わないところに何かを発見できる力」を持っているものが創作者であるという。人々が気づかず通り過ぎるようなところに心を動かされ、それを表現し、伝える力を持つものこそ創作者である、と。この「宮内・摂田屋百景シリーズ」でコレクションされた宮内と摂田屋の情景を描いた真実感のあるポスターの数々は、次の世代へと繋がり、また新たな試みへと発展していくだろうと語った。(APM職員 / 森山)


第32回美術館大学

  • 日  時:2016年 4月 16日(土)pm3:00-4:30
  • 場  所:秋山孝ポスター美術館長岡
  • 講  師:平山育男、秋山孝、大町駿介
  • 題  目:「登録有形文化財について」
  • 参加者数:61名

   国の文化審議会が、秋山孝ポスター美術館長岡(APM)本館の建物を登録有形文化財に登録するよう、文部科学省に答申した。(2016年3月12日付新潟日報・朝日新聞掲載)これに伴い、2016年度最初の企画展は「宮内・摂田屋百景展2」を開催し、初日の第32回美術館大学のテーマは「登録有形文化財について」とした。講師には、登録有形文化財に精通している平山育男教授(長岡造形大学)と宮内・摂田屋地域の建物の魅力を研究している大町駿介助手(多摩美術大学)を招き、APM館長・秋山孝(多摩美術大学・教授)の進行で行なった。
前半は平山教授が資料や画像を用いながら、国の登録有形文化財について講じた。平山教授は2日前から続く「熊本地震」に言及したあと、本題に入った。そもそも登録有形文化財というものができたのは、地震の影響があるという。震災などが起きた場合、国宝や重要文化財に登録された建造物は状況を把握しやすく、適切な対応が可能であるが、それに満たないこれから重要文化財になるであろう登録候補の建造物を守るために、登録有形文化財が1996年(阪神淡路大震災の翌年)に設けられた。登録する為の必要条件は築後50年以上であるということだ。その上で、国土の景観に寄与していること、造形の規範となっていること、再現することが容易でないこと、などの十分条件が加わってくる。
宮内・摂田屋地区にはすでに6件の建物が登録されており、APMが晴れて登録されるとこの地域では7件目となる。この地域の登録有形文化財の特徴は、生業に基づいた建物であることが挙げられる。摂田屋地区は醸造業が今も盛んであるが、それぞれの生業の特徴が建物に現れており、それがそのまま建物の特徴となっている。APMの建物も現在は美術館だが、かつて銀行であったことが今の姿からも見ることができる。有形登録文化財は、建物の経歴・美しさ・特徴を残しながら、上手く補修・補強し、使いながら保存をしていくことが重要なのだ。未来に向けて文化財は地域と共にあるべきであると平山教授は考える。建物自体がその町のありかたを表現しており、それを上手く伝えることが建物が町に愛されることに繋がる。すると、人々が興味を持つ魅力な建物となり、町の魅力となるのだ。
続いて平山教授は、APMの登録申請までの道のりを5W1Hを用いて説明した。この6つの要素を明らかにする作業は、建物自体に残る痕跡や当時の新聞等、手がかりになるものを探すところから始まり、ひとつひとつ分析し、根拠を見つけ出し、証明するという地道な作業の繰り返しであることが、平山教授の説明からわかった。
次に話題は大町助手の研究へと移った。大町助手は宮内・摂田屋地区の建物の特徴を分析し、イラストレーションにするという研究を行なっている。大町助手は、この地域の建物の中で登録有形文化財にしたい建物は「堀時計店」であるという。その魅力は「普通だから」だという。普通にそこにある建物が、使われながら保存されている姿に大町助手は魅力を感じるのだ。時に補修が過剰になりすぎて魅力が半減してしまっている建物を見ると悲しくなる。大町助手は、「修繕の跡は建物の年輪である」と語り、堀時計店はそれが美しく現れているという。
最後に秋山は、建物の価値を分析・証明してくれる人、支えてくれる人、実行してくれる人、活用してくれる人がおり、その先に新たなものが生まれることを期待しているとまとめた。これからも多くの人の支えのもと、地域と共にAPMの建物が愛され続けることを願っている。(たかだみつみ・APM事務局長)

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